臨済禅師1150年・白隠禅師250年遠諱記念 特別展

 

特別展に行ってきました。東京国立博物館

23日の祝日であった為、すごく混んでおりましたが、

これだけの人が、「禅」に興味があるのなら、

もっと、多くの人が「禅」に取り組んでも良いのに・・・

と思うのですが、

遠方から来ている人が多いから、こんなに人が集まるのか?

東京国立博物館だから、人が多いのか?

やはり、国宝や、宝物みたいなものにエネルギーがあるのか?

人を集めるパワーを感じます。

中でも、非常に強く感じたのは、

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こちらの「釈迦三尊像」

こちらの前に立った時は、何故か体が震えているのがわかりました。

照明も美しいですが、

この釈迦三尊像の前で、多くの人が祈りをささげたのだと思います。

 

 

展示品には、多くの図や坐像などがありました。

私は、知識があまりありませんので、

あーこれが!!

とは、いきませんでしたが、

様々な坐像を良く見てみると、

目に石が入っていて輝いていたり、

本当にそこに坐っているように出来ているので、

当時の修行された僧の、こころの支えになっていたように思います。

 

 

途中「十牛図」の展示がありました。

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十牛図(じゅうぎゅうず)とは、禅の悟りにいたる道筋を牛を主題とした十枚の絵で表したものです。

この図は、「自己受容」にも当てはめる事が可能です。

1.尋牛(じんぎゅう) – 牛を捜そうと志すこと。悟りを探すがどこにいるかわからず途方にくれた姿を表す。
2.見跡(けんせき) – 牛の足跡を見出すこと。足跡とは経典や古人の公案の類を意味する。
3.見牛(けんぎゅう) – 牛の姿をかいまみること。優れた師に出会い「悟り」が少しばかり見えた状態。
4.得牛(とくぎゅう) – 力尽くで牛をつかまえること。何とか悟りの実態を得たものの、いまだ自分のものになっていない姿。
5.牧牛(ぼくぎゅう) – 牛をてなづけること。悟りを自分のものにするための修行を表す。
6.騎牛帰家(きぎゅうきか) – 牛の背に乗り家へむかうこと。悟りがようやく得られて世間に戻る
7.忘牛存人(ぼうぎゅうぞんにん) – 家にもどり牛のことも忘れること。悟りは逃げたのではなく修行者の中にあることに気づく。
8.人牛倶忘(にんぎゅうぐぼう) – すべてが忘れさられ、無に帰一すること。悟りを得た修行者も特別な存在ではなく本来の自然な姿に気づく。
9.返本還源(へんぽんげんげん) – 原初の自然の美しさがあらわれてくること。悟りとはこのような自然の中にあることを表す。
10.入鄽垂手(にってんすいしゅ) – まちへ... 悟りを得た修行者(童子から布袋和尚の姿になっている)が街へ出て、別の童子と遊ぶ姿を描き、人を導くことを表す。
「自己受容」

  1. 自分探しを始める
  2. 色々な本を読んで理解をしようとする
  3. 気付きとともに、少し自分が見えたかかなと思える状態
  4. 気付いた自分を貫く事が試されるような出来事が起ります。
  5. 自分の感情が落ち着き、余裕ができる
  6. 前向きな思考が出来るようになってくる
  7. 過去の事を受け入れ、自分の意志が持てて自分がわかってくる
  8. 「自己受容」が出来て、全てがありのままでいれるようになる
  9. 四季や、自然や、すべての成り立ちが受け取れるようになる
  10. 特別な存在を目指す事でなく、人の役に立ち人を導く事をしていく

まさに、カウンセラーの歩む道ですね。

このように、修行をする事で、

お寺の住職は、人々の助けになっていった事と思います。

学ぶ事より、資格を取得する事より、

「自己受容=悟り」を最初にする事が大切です。

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画像はこちらからお借りしました。

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